未来をわたしたちの手で紡いでいくための食
-食とアイデンティティ-
少し重たい話になってしまうかもしれませんが、今“沖縄’’と呼ばれる私たちの住むこの地域は、わずか150年ほど前までは、およそ450年続いた琉球という一つの国でした。日本による強制的な併合の果て、今の沖縄県があるわけですが、沖縄戦や日本への併合という歴史、在沖米璽の影響、そしてリゾート化という政府の方針によリ、その食文化は琉球玉朝時代・戦前のそれとは大きく変わってしまいました。代々引き継いできた貴重な種は失われ、戦後の焼け野原で作れる作物も限られ、米軍が持ち込んだポーク缶から生まれた‘‘ポーク玉子おにぎり’’やタコスが変化した‘‘タコライス’’が、今や沖縄の食として人気を博すほどです。
そういう変化も含めて文化であるという考え方も一理あるとと思うのですが問題は、琉球・沖縄にあった数々の在来の野菜たち、各家庭で豚や牛、山羊を飼い、祝いのときにはその命をいただく、貴重なタンパク源の閃や魚を余すとこなく戴くために塩で保存する等の技術·知恵・姿勢は、戦や他者からの支配を経て急速に変わる社会の中で、人々の暮らしから少しずつ姿を消していってしまったことです。
戦後、明日食べるものがないかもしれないほど貧しかった当時の人々は、少しでも暮らしが良くなればと、必死に日本社会を受け入れ、馴染もうとし、自分たちの文化を、あり方を変えていきました。それは、その時に選べる最適な選択だったのではないかと、今を生きる(その当時の辛さを全く同じ様に感じることはできない)私は考えています。
でも今、このFastな社会は私たちの暮らしのあリとあらゆるところで歪みを生んでいます。
急速に失われていく生物の多様性、枯渇していく化石資源、激化していく気候変動、自然に還ることなく無尽蔵に増えていくゴミー。これらは、世界が直面している課題で、世界で同時に行動を起こさなければ解決に向かわない問題たちです。そんな大きな課題も抱えているという中、沖縄ではまだまだ積極的に開発が進められ、人々は都市を求めて移動し、都市化を求めて自然を作り変えようとしています。このままいけば、「何が沖縄なのか」「沖縄とはどんなところだったのか」「私たちは一体誰なのか」誰にもわからなくなってしまいます。
今回この冊子の中で紹介する料理も、沖縄県の中でもさらに小さな島々からなる宮古という地域で大切な滋養食として島民の暮らしを支えてきたものです。まんじゅう(パパイヤ)、っふまみ(在来の黒小豆)、サリイズ(煮干し)、くブ(昆布)を味噌で煮込んだこの料理は、赤ちゃんが生まれた十日後に、その母親に地域の人がお祝いとして持参し、またそのお祝いを地域みんなで共有するため、地域内でも配られていました。それだけでなく、島の安寧と人々の暮らしを支える神事として、数日間祈りの役目を持つ方々がお籠りをする習わしがありますが、その際も、その方々への捧げ物としても重宝されていました。
この様に、一つのレシピを学べば、その当時の人々の暮らしや関係性、大切にしていたものがだんだんと浮かび上がってきます。食材の組み合わせや季節の旬、栄養素、保存の技術、道具の作り方など、ありとあらゆる知恵と技術にも繋がっていきます。そしてそんな食の活動はとても自然に寄り添い、還境に優しいあり方だったことも知ることができます。私たちは、この地球の生態系の一つの歯車に過ぎず、自然の恩恵に生かされている存在であること、使い古されたフレーズかもしれないし、綺麗事の様に聞こえるかもしれませんが、地域の食を学べば、それはとても真っ当で、シンプルな真理なのだと学ぶことができます。
世界各地に、そんな温かくSlowで、おいしい食が受け継がれていると思います。これは先住民に限ったことでもないと思います。自分の足元を見つめ、振り返り、その素晴らしさを学び直し、未来に繋げていくというのはどうでしょうか?
北林大
Slow Food Indigenous Peoples Network 東アジア理事
Slow Food Ryukyu 代表